思い出話

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↑我が家のベゴニア

パーマで来店したWさんは新潟県出身の85歳、その思い出話はいつも頗る興味深く、あっという間に時間が経過してしまう。

今回も茶請けの乾燥芋を見ながら「昔はねえ」の決まり文句で物語が始まった。

「昔は暮れになると決まって瞽女(ごぜ)が廻ってくるのよね。 よその家では小銭をあげて帰ってもらっていたけど、私の母は何故か瞽女にはとても親切で、この乾燥芋と熱いお茶を縁側で振る舞っていたのね。 だから自然に毎年何人かの瞽女が来るようになってね。」

ある年、いつもの瞽女が姿を見せないので心配していたら、初めての瞽女が彼女の死を告げに来たというのだ。 毎年良くして頂いた謝意を伝えてほしいと言い置いて亡くなったと聞いて、他人事とは思えないとその死を悼んだ優しい母親が自慢だと、Wさんは遠い眼差しで語ってくれた。

物語の中でしか瞽女の存在を知らない私は、女性の身で門付けとはなんと悲しい行為であろうと、その思いを深くしたのである。

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この記事へのコメント

2016年01月11日 09:35
こんにちは~。
最初ごぜって入力したら出ないのよ。
仕方ないからコピーして登録しました~。

水上勉の小説でおなじみでした。
でもその瞽女さんに会ったことがあるって
その方の歴史も感じられました~。

そして胸を打ちますね!!
すばらしいお話でした。

サチさん・・・お仕事柄冥利ですね~。
だって色んな方のお話が聞かれるし~。

私までホンワカ嬉しいお話でした。
ありがと~。
サチ
2016年01月11日 12:10
ぐーまさん こんにちは

ちょっと年齢が違うだけで経験してきたことも随分違うのよねえ。
ごぜって東北に多かったみたいで私も物語の中でしか知りませんでした。

高齢者との話って楽しい話題が多いです。
ただし、話題の提供者が認知症でなければの話ですけれどね(笑)

今日はポカポカと暖かくて良い日ですね。
明日クロスやさんが来るので今日は家具の移動で腰が痛い(-_-;)
Seiko
2016年01月11日 19:13
ベコニア、可愛い~~♪♪
すごくホッとする可愛さ♪
色もめちゃめちゃ綺麗♪
(゚ー゚*)。・:*:・ポワァァン 

Wさんの思い出話は
85歳のWさんの自慢のお母さまのお話で、
しみじみ聞き入りました。

よくわからなくて越後瞽女の暮らしと巡業を見てきました。
新潟県は冬の長い期間を大雪の閉ざされて
幼時に麻疹などの病気をこじらせて
弱視や失明に至るケースが多かったんですね。
津軽三味線や唄は各地の芸能に影響を与えたほど。。。
毎年、楽しみに待っていた人々がいたんですね。
今ではその素晴らしい演奏家(旅芸人)の姿は
もう見ることが出来ないけれど、
数え切れないほど多くの庶民の心を突き動かしてきた
瞽女の唄と三味線は、厳しい修業を積んだ本物だったんですね。

なんか、Wさんのお話とサチさんの記事で
知らなかった世界を垣間見ることが出来、
じ~~んと来てます。 静かに
ありがとう、と言いたいです。

あっ、サチさん、明日の準備で家具移動?
腰、大事になさってね~~!!
サチ
2016年01月11日 20:13
Seikoさん こんばんは

このベゴニア結構長く咲いてくれていてありがたいです。
淡い色合いがいいよね。

私もね 何も知らなくて色々検索しました。
私の知らない世界で寒い中こうして生計を立てている人たちって大変だなあって、
贅沢は言えないって思いました。

今はもうこうゆう人たちは居ないでしょうけれどね。
雪国って大変よねえ。

震災に会った人たちの中にはまだ帰れない人もいるしねえ。
ドンドン寒くなるのに大変でしょうねえ。

津軽三味線の音って独特でしょ。
こうゆう人たちの悲しみとか怨念みたいなものがこめられているんでしょうね。

パーマの2時間弱が何か違う世界に居るような気がしました。
現在の自分の環境に感謝しなくちゃね。

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